ボートレース深イイ話【涙のわけ】

●SG初制覇の裏にあった友情物語

SGの優勝戦を制してウイナーとなった選手が、凱旋して戻ってきたピットで、あるいは表彰式で、涙を流すことは珍しいことではない。特に初制覇の場合は、レーサーを目指したころからの夢がかなった瞬間である。また、これまで支えてくれた家族への感謝が一気に溢れ出す瞬間でもあろう。
さまざまな思いが脳裏をかけめぐり、涙が出てくるのは自然なことだ。
これまでそんなシーンをピットで何度も見てきた。そのなかで、もっとも大きく声をあげて号泣したのは、吉川元浩だったと思う。07年グランプリ、イン逃げでSG初優勝を成し遂げた吉川は、ピットに戻った瞬間、鎌田義と抱き合って涙を流した。鎌田はレースの周回中からすでに涙を瞳いっぱいに溜めており、先頭を走る吉川の姿はぼんやり滲んでいたのではないかと想像されるほどだった。
グランプリ制覇後のインタビューで、吉川にその涙のワケを尋ねている。吉川は、僕の「あんなに泣いてる選手を見たことがない」の言葉ににっこり笑ったあと、鎌田との間の友情について語り始めた。
吉川は、これがグランプリ初出場だった。デビュー4年目にはGI初制覇、SG初出場を果たすなど早くから第一線で活躍してきたが、なかなかSG制覇とグランプリ出場には手が届かなかった。そして掴んだグランプリのスペシャルシート。その年、誰よりも努力をしてグランプリに行くと心に決め、それを実現させた吉川だった。
しかし、それは気づかないうちに、吉川の心境に変化を生んでいた。グランプリの直前に走ったびわこGIでは、ペラがまるで仕上がらず、不安ばかりを感じた。自分でもピリピリしているのがわかったという。それを吉川に面と向かって指摘したのが、鎌田義と山本隆幸だった。びわこGI最終日の夜、松井繁も加えての食事会で、鎌田と山本は吉川に“説教”をしたという。「今までとぜんぜん感じが違うやないか。
もっと自倍をもて。1年やってきたことをぶつけろ。それであかんかったら、あかんかったときやないか」。鎌田は涙ながらに、そう吉川に伝えたという。
吉川はそれで吹っ切れて、グランプリに向かうことができた。あれがあったから勝てた部分がある、と吉川は語っている。
ウイニングランで、スタンドを埋め尽くすファンが自分を祝福してくれるのを見て、吉川はひとり、涙を流したという。その涙も止まり、ピットに笑顔で戻ってきた瞬間、出迎えたのはすでに涙している鎌田だった。その顔を見たら、もうたまらなかった。「だから、あれは鎌田のもらい泣きです(笑)」と吉川は言うが、びわこの夜のことがフラッシュバックして、また努力が報われたことも実感されて、ふたたび滂沱と涙が流れたのだろう。
鎌田や山本とのエピソードを知らずとも、最高に感動的なシーン。あの涙は、とことん美しかった。その後、吉川はSG制覇を果たせずにいるが、近いうちにまた吉川が感動に包まれる姿を見たい。

●舟券を買ってくれる人への想い

笠原亮のSG初制覇は、05年のボートレースクラシック。SG初出場にして初優勝という快挙だった。笠原はクラシックVで向こう1年のSG出場権を手にしており(当時のSG覇者にはSG1年優先出場権が与えられた)、笠原はいわば”SG常連”になった同期生のようなものである。
それとはまったく関係なく、笠原はピットでよく話しかけてくれるようになった。某スポーツ雑誌でインタビューをしたということもあっただろうか。その当時の笠原の印象は、とにかくまっすぐな若者。当時の笠原は20代半ばで、実にハツラツとしていた。いや、ハツラツとしているのは現在も変わらないか。ともあれ、ギャンブルレーサーというよりは、スポーツマンというかアスリートというか、そういった雰囲気を強く感じた。
昨年のチャレンジカップで、笠原は実に10年7ヵ月ぶりにSGを制した。淡々とピットに戻ってきた笠原だったが、地上波のテレビ中継の勝利者インタビューを受けるうち、じわじわと涙が溢れてきて、インタビューが終わるや号泣。つづく予定だったJLCの勝利者インタビューがなかなか始められないほどだった。
JLC『SG徹底検証 THE WINNER』で笠原は、その涙のワケを語っていた。家族や友人への思いもあったなかで、印象的だったのは「ここ一番でピット離れ遅れてばかりで、僕は買いにくい選手だったと思う」という点だった。たしかに、かつての笠原はよくピット離れで遅れた。ここ一番というときほど、よく見かけた。
それは笠原にとって悩みの種だった。
レースで不利という点もそうだが、それ以上に「舟券を買ってくれるお客さんに迷惑をかけているのではないか」という思いが強かったのだ。
アスリート的な印象は今でももちろんあるが、実は笠原は自分が賭けの対象であるということを強く意識して戦っているのである。彼の舟券を獲ったと聞くと、めっちゃ喜んでくれる笠原。「俺を買ってくれる人を喜ばせたい」という森高一真と通じる一面をもっている男なのである。